(あー、困った。実に困った――)
現在、時刻は午後四時を回ろうとしていた。
肇との約束を大幅に遅らせて、帰宅しようとしているのだが。
「そういえば家、意外と近かったんだね」
「そうみたいだね」
城永が一緒にいた。
いや、ついてきてしまったというべきなのだろうか。
遅めの朝食を済ませた後、自分が帰り支度をしていた時に彼が不意に訊ねてきた。
『ねぇ、その遊びに来るって子。男の子?』
『そうだけど――』
『春島君と志摩どっちの友達?』
彼は薬用のリップクリームを塗りながら、そう事細かに質問する。
その際、微かにミントの匂いが部屋に香った。
『どちらかというと、自分なのかな……』
自分も適当な返事をし、あしらって、すぐ帰ればよかったのだが、律儀に一つ一つ答えてしまった。
『その子って、オメガだったりする?』
彼の色素の薄い瞳が少し鋭くなった気がする。
彼は少々、嫉妬深かった。
それは小学生の頃から変わらずで、自分はそうだったなと思い出す。
「僕も行っていいかな?」
同性、オメガ相手なら特にだ。
昨晩、体を何回も抱き合わせた相手が、違うオメガに会うなんて、信じられなかったのだろう。
「なんか、こう偶然が重なっちゃうと、運命感じちゃうな」
「ははは……」
自分は肇に対し、どのような謝罪の言葉を口に出すべきか、お詫びはどうすればいいのかが気になって返事が適当になる。
実際、城永のマンションと自分のマンションは二駅程離れた場所にあり、近かった。
今のマンションに引っ越してから数年、ずっと知らなかった為、通常なら盛り上がる会話の内容だ。
だがしかし、それより頭が肇への罪悪感がいっぱいで、仕方がない。
下手したら、自分が先程した会話の内容も思い出せないかもしれない。
そう思いながら、最寄り駅に向かい、ホームに入る。
そして、丁度やってきた各駅停車の電車に乗り込んだ。
電車の中は意外と人はおらず、余裕があり、自分も城永は椅子に座る事ができる。
「ラッキー。二日酔いだったから、立ってるのしんどかったんだよね」
「うん、そうだね」
そんな風に会話をしていると、ズボンのポケットの携帯が振動する。
携帯を取り出し、内容を確認すると、メールが一通。
それは志摩からで、一枚の写真が添付してあった。
(二人でハンバーガー食べたんだ)
写真は志摩と肇のツーショットで、某チェーン店のハンバーガーをそれぞれ手に持っている。
(こんな時間なら、お腹も減るし、食事も取るか――)
だが、少し仲間外れにされた感があり、少し寂しい気持ちになる。
「遊びに来るのって、その子?」
隣にいた城永は、自分の携帯を覗き見て言う。
「可愛いね」
彼のその声は冷たく、心が籠っていないように感じる。
電車の空調が理由だろうか、掻いた汗が急に冷えたようで、自分は寒気で身を震わせた。
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