大皿に入ったアクアパッツァと、半熟卵が入ったコブサラダが漆の手でテーブルに置かれ、それをキラキラした瞳で志摩が見ている。
(((でかい犬だなぁ……)))
志摩以外の三人はそう思いながら、小皿でそれを分ける。
「先生、料理上手なんだね」
「いやぁ、インドアだからさ。お洒落なレストランとか入れなくて……」
コミュ障の漆がお洒落なレストランに入って食事など取れる訳がなく、家での食事、料理を極めた結果、上手くなったという。
「あっ、聞いちゃってごめんね……」
肇がそう言い、気まずそうに視線を逸らす。
そんな中、志摩が言う。
「漆、サラダの卵、潰してもいい?」
志摩が聞いたくせに漆の返事を待たず、半熟卵を潰し、軽く混ぜる。
サニーレタスと豆をトングで掴み、取り皿に盛った。
「みんながいるんだから、卵がかかってる場所ばかり取るなって……」
「うまい」
そんな会話をしている二人を城永は冷めた目で眺めた後、肇に話しかけてきた。
「君は食べないの?」
「あっ、うん。食べる」
肇はそう言い、自分の取り皿にサラダを盛る。
そして、少しお祈りをした。
目を閉じ、少し早めに終わるように心の中で、簡略化し早口で。
それを城永は、冷めた目で眺めていた。
*
(いいなぁ、先生と恋人になれて……)
肇はそう思いながら、漆たちを見ると、ほろ酔い状態で、ご機嫌な様子だ。
「春島君、見過ぎだよ」
「だって、顔が綺麗なんだもの……」
特に漆は頬を微かに赤らめ、隣にいる恋人に微笑みかけている。
(噛み跡があるのは同じなのに……)
城永の首にも、肇と同じ噛み跡がくっきりとあった。
(僕も同じオメガなのにな……)
(僕も可愛い顔してる方なのにな……)
肇は思う。
(でも先生は僕の事、選んでくれなかったんだなぁ……)
城永とは性格や顔の系統は真逆だが、特徴的な要素は一緒だった。
アルファの印がある事も同じ。
彼と全然異なる部分を一つ上げるとしたら。
(あぁ、そっか。そうだ……)
肇はそれを思い出し、少し悲しい気持ちになった。
(僕がカルトの人間だからか……)
肇が悲壮感に浸っていると、思い出したかのように、漆は言う。
「さて。そろそろ、片そうかな」
いつの間にか、食事会開始から一時間くらい経過していた。
「じゃあ、下げちゃうね」
漆はそう言い、空いている皿を集め、重ね始める。
「あれ、肇君。どうしたの?眠くなっちゃった?」
肇がしょげている事など、漆は分かる訳がなく、大人しい彼に声をかけた。
「あっ、大丈夫。平気」
(だ、だめだめ。先生の幸せを願わなきゃ!)
肇が我に返り、漆に話しかける。
「皿洗いなら、自分と志摩がするよ」
「えー、いいよ」
お酒が少し入っていた事もあり、漆はご機嫌でへにゃりと笑っていた。
「いいから、これくらいはさせて。志摩、お皿洗うよ」
肇はそう言い、ダラダラと背中を丸め、テレビを眺めている志摩の腕を引っ張る。
「えー、俺はテレビ見たい」
「だーめ」
体格のいい志摩が、小柄な肇の力で立ち上がる訳がなく、苦労している。
「そういえば、ケーキがあったなぁ。お皿が片付かないと出せないけど」
漆がわざとらしい声でそう言い、志摩は立ち上がる。
「志摩が立った……ケーキで釣られて……」
急に立ち上がり、しかも漆が買ってきたケーキ目当てでと、肇は引いていた。
だが、漆が言い出すまで、忘れていたケーキの存在で、やる気を出し、肇は志摩の背中を押し、キッチンに向かう。
(やっぱり、いい子だな)
それを漆は見送り、テーブルを濡れた布巾で拭う。
「そういえば、春島君」
テレビを見ていた城永が漆に話しかけた。
「ん、なーに?」
漆はテーブルを拭きながら、ご機嫌な表情で返事をした。
「あの肇って子、宗教違ったりする?」
その瞬間、漆の中に蓄積されていたアルコールが全部抜け、目が覚める。
「ん!」
彼は志摩が見ていた番組が面白くなかったようで、リモコンで番組表を開き、裏番組を確認する。
「面白いの、やってないなぁ……」
彼はそう呟き、テレビを消した。
漆は息を飲み、彼にその事を訊ねる。
「何で、そう思ったの?」
そう質問された城永は体の向きを変え、漆のほうを見る。
「なんか、食事前にお祈りするみたいな仕草していたから、そうなのかなって」
彼は「こうね」と言い、肇と同じようにお祈りの仕草をする。
「それにあの子、大丈夫なの?関わらない方がいいんじゃない?」
「そ、それは大丈夫だよ。今まで勧誘とかされた事ないし……」
「ふーん、そう」
漆がそう答えると、聞いてきたのは城永のほうだというのに、興味がない反応をした。
そして、その後、こんな事を城永は口にする。
「あんまり関わられると、その。僕も気が気じゃないというか」
それは子供の悪戯を窘める母親のようで、その姿がとても愛おしく漆は感じる。
「大丈夫だよ。嫌な事しないのは保証するよ」
デレッとした顔で漆が言うが、彼の方は納得した様子ではなく、今度は子供のようにムッと頬を膨らます。
「そうじゃない。もう、僕の気持ちとか分かってないじゃん」
そう言い、プイッとそっぽ向く彼に、漆は微笑んだ。
(妬いてるんだなぁ)
漆はそう思いながら、彼の隣に座り、その髪に顔を近づけ、香りを嗅ぐ。
(幸せだなぁ)
甘い香水が彼の微かな体臭と混ざり、とても心地よく感じていた。
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