肇と一緒に家に帰ると、志摩が帰っていて、丁度ネクタイを外そうとしていた。
「おかえり」
「肇君、プレゼント渡したら?」
「う、うん。志摩、これ――」
ラッピングされたネクタイが入っている紙袋を、肇は彼に手渡しする。
「ありがとう。俺、何も用意してないや」
彼はそう言い、プレゼントのラッピングを雑に開けた。
彼はネクタイを見るが、感想は全く述べなかったが、嬉しかったようで、そのネクタイを首に巻いた。
(嬉しそうだ……)
その巻きつけたネクタイが雑で、朝同様、ぐちゃぐちゃである。
「貸して……」
朝同様、自分は志摩のネクタイを綺麗にキュッと締めた。
「志摩、嬉しそう」
肇は彼を見て、微笑む。
「そうだ。あの、いつもの菓子屋で、クリスマスケーキを丸々一個買ったんだ。あれ食おうぜ」
志摩はそう言い、ネクタイを緩め外し、スーツを脱ぎ始めた。
「ケーキ!嬉しい!」
家賃も払わず、ホールでクリスマスケーキを買うとは、図太いにも程がある。
だが、今回は多めに見よう。
「先生も一緒に食べようね」
肇はそう言い、機嫌よく自分に微笑んだ。
「うん」
自分はそれに嬉しくなりながら、返事をするのだった。
冷蔵庫からケーキが入っている白い箱を取り出し、中のケーキを確認する。
ケーキの種類は、クリスマスケーキの定番であるショートケーキ。
自分も志摩もこれが好物で、子供の頃に戻った気持ちになる。
ケーキを包丁で六等分に切り、来客用の取り皿に置いた。
*
「飾りのサンタさんは、肇君のね」
「嬉しいけど、なんか先生、さっきから赤ちゃん扱いしてない?」
肇は困惑しながら、砂糖でできたサンタの人形が乗ってるケーキを受け取る。
「俺も赤ちゃんのように大事にしてくれ」
「お前は、家賃払え」
そう言い、志摩にもケーキを渡す。
三人でケーキを食べながら、他愛のない会話をする。
「そういえば、志摩。僕、カルトやめようと思って――」
その会話の流れで、肇が宗教をやめる事の話をする。
「へぇ、宗教やめるんだ?いいんじゃないか?やめれば?漆もそっちの方が、気が楽だろう?」
志摩はそう言い、大きく口を開け、上に乗っていたイチゴを食べる。
「そうなんだよ。肇君はお家の子になります」
「ならないよ。すぐ再就職するから」
そう言い、肇はサンタさんをフォークで、可愛いと突く。
サンタさんからしたら、巨大なフォークに突かれて気が気じゃないだろう。
肇には、悪気はない。
「気にした事、今までなかったんだけどさ」
ケーキを頬張っている志摩がある事を肇に聞いた。
「肇の所の教祖ってどんな人?」
その瞬間、先程までの自分の笑顔が引きつっていくのが分かる。
ただでさえ、のめり込むと、他とかどうでもよくなる奴だというのに、少しでもそれを気に入ってしまったら。
『漆、今日から俺、入信するから』
実に恐ろしい。
「ねぇ、どんな――がっ」
自分は、彼の顔にアイアンクローをする。
「駄目、そういう話題は……肇君は、カルトやめるんだよ……」
「でも、気になって」
アイアンクローで目元は隠れているが、彼が無表情の事だけは分かる。
「いいよ。志摩が気になるところだけ、教えるから」
肇は困ったように笑い、志摩が気になっている部分を簡単に教えた。
教祖はアルファの男性との事、信者はベータとオメガしかいない事。
本当は人間すべて、地獄に落ちるが、お祈りと祭事をし、教祖を思う気持ちがあれば、死後、楽園に導かれるというものだった。
「そんなのインチキじゃん。アルファ全員、地獄行きなら、教祖はどうなんだよ」
志摩はアルファ全員が地獄に落ちる扱いされ、不満そうだ。
(よかった……入信するとか、言い出さないで……)
そう思いながら、肇の方を見ると、彼の表情が少し曇っているように見えた。
何かを思っているような、少し憂鬱そうな顔をしている。
(肇君、やっぱり少し悩んでるのかな……)
今日、明るく振舞っていたが、大変な決断のはずだ。
(それとも自分が、カルト抜けるって話の後、大喜びしたのが駄目だったのかな……)
そう思いながら、ケーキを食べる。
複雑な気持ちでも、好物のショートケーキは甘く、とても美味しく感じた。
*
ケーキを食べた後、肇が帰り支度をし始めた。
「じゃあ、また今度」
「うん。また今度ね、先生、志摩」
そう言い、肇は荷物を持ち、上着を羽織る。
玄関で挨拶を交わし、扉を閉める。
志摩とリビングに戻り、自分はケーキで使用した来客用の取り皿を洗い始めた時、志摩が声を出した。
「あっ!」
「何、どうしたの?」
どうせ、くだらない事を思い出したのだろう。そう思いながら、志摩に話しかける。
「どうしたの?どうせくだらない事で――」
「肇、携帯忘れてる」
志摩はそう言い、テーブルにある彼の携帯電話を手に取った。
「大変だ!」
志摩から携帯を受け取り、ジャンバーを羽織る。
(まだ、遠くまで行ってないはずだ)
マンションの階段を急いで下り、マンションの出入り口を抜けようとした時、自分を呼ぶ声がする。
「あっ、先生」
自分は少し拍子抜けする。
彼は外を出ず、ここで待っていたようだった。
「携帯届けてくれたんでしょ?ありがとう」
「えっ?あぁ、うん」
そう言い、彼は手を伸ばし、自分は持ってきた携帯を手渡す。
「肇君、どうしてここに?」
「少し、先生と二人で話したくて、わざと携帯を忘れたの」
そう言い、ふわりと微笑んだ彼は、とても愛らしい。
「えっ、何の話――」
そう言いかけると、彼は自分に近づき、背伸びをする。
唇に柔らかい感触を感じ、そしてリップ音がシンとしたその場に響き渡った。
「ふふ、クリスマスプレゼント、自分はまだもらってないって気が付いちゃって」
先生も忘れていたでしょと、肇は笑う。
「先生、好きだよ。この世界で一番」
彼は自分に抱き着き、顔をすり寄せる。
彼の耳は赤く、かなり照れているという事が分かった。
「だから、先生。自分がカルト抜けて、再就職もしたら、僕と正式に付き合ってほしい」
そうだ、あの時。
この言葉を口にする覚悟をして、緊張していたから、あの表情だったのか。
(あー、やっぱりこの子の事が好きだ)
初めて会った時の衝撃も、朗らかに笑った顔も、困ったときの顔も全部、好きだ。
「うん」
彼の告白に返事をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼の頭を静かに撫でた。
(絶対、今日の事。忘れない)
*
帰りの電車はあまり人はおらず、肇は席に座る事ができた。
(先生とキス、とても良かった……)
思い出すと、体温が上がり、口角が自然と上がる。
(クリスマスって、とてもいいものなんだな)
肇、初めてのクリスマスである。
(そういえば、リーダーの兄弟が勤めている孤児院のクリスマスって、どうなったんだろう?)
その事をクリスマスで思い出し、持っている携帯電話で、インターネットで検索をかける。
(確か、函館の孤児院で働いているって言っていたっけ……)
検索をかけると真っ先にそこのホームページが出て、写真付きの日記が閲覧できた。
そこには幸せそうに笑う孤児達と、それを見守っているスタッフの姿がある。
(皆、幸せそう……)
もし転職するなら、子供の面倒を見る仕事というのも、いいのかもしれないなと、思っていると、ある写真に目を奪われる。
そこには見た事がある男性の姿があった。
出会った当時とは違い、眼鏡をかけていて、白髪を誤魔化す為か髪を茶色に染めていたが、すぐに分かった。
アルファらしい長い手足に、スッと通った鼻筋、切れ長の瞳を更に細め、子供達に微笑んでいる。
四十代に近いだろうその男性は、とても若々しく、生き生きした表情を子供達に向け、充実している様子。
自分は息を飲む。
(この人だ――僕の――)
首の傷がズキリと痛む。
その時、タイミング良いのか、悪いのか、自分の家の最寄り駅に辿り着き、電車の扉が開いた。

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