スポンサーリンク

 第六章『愛』⑪

スポンサーリンク

 肇と一緒に家に帰ると、志摩が帰っていて、丁度ネクタイを外そうとしていた。

「おかえり」

「肇君、プレゼント渡したら?」

「う、うん。志摩、これ――」

 ラッピングされたネクタイが入っている紙袋を、肇は彼に手渡しする。

「ありがとう。俺、何も用意してないや」

 彼はそう言い、プレゼントのラッピングを雑に開けた。

 彼はネクタイを見るが、感想は全く述べなかったが、嬉しかったようで、そのネクタイを首に巻いた。

(嬉しそうだ……)

 その巻きつけたネクタイが雑で、朝同様、ぐちゃぐちゃである。

「貸して……」

 朝同様、自分は志摩のネクタイを綺麗にキュッと締めた。

「志摩、嬉しそう」

 肇は彼を見て、微笑む。

「そうだ。あの、いつもの菓子屋で、クリスマスケーキを丸々一個買ったんだ。あれ食おうぜ」

 志摩はそう言い、ネクタイを緩め外し、スーツを脱ぎ始めた。

「ケーキ!嬉しい!」

 家賃も払わず、ホールでクリスマスケーキを買うとは、図太いにも程がある。

 だが、今回は多めに見よう。

「先生も一緒に食べようね」

 肇はそう言い、機嫌よく自分に微笑んだ。

「うん」

 自分はそれに嬉しくなりながら、返事をするのだった。

 冷蔵庫からケーキが入っている白い箱を取り出し、中のケーキを確認する。

 ケーキの種類は、クリスマスケーキの定番であるショートケーキ。

 自分も志摩もこれが好物で、子供の頃に戻った気持ちになる。

 ケーキを包丁で六等分に切り、来客用の取り皿に置いた。

「飾りのサンタさんは、肇君のね」

「嬉しいけど、なんか先生、さっきから赤ちゃん扱いしてない?」

 肇は困惑しながら、砂糖でできたサンタの人形が乗ってるケーキを受け取る。

「俺も赤ちゃんのように大事にしてくれ」

「お前は、家賃払え」

 そう言い、志摩にもケーキを渡す。

 三人でケーキを食べながら、他愛のない会話をする。

「そういえば、志摩。僕、カルトやめようと思って――」

 その会話の流れで、肇が宗教をやめる事の話をする。

「へぇ、宗教やめるんだ?いいんじゃないか?やめれば?漆もそっちの方が、気が楽だろう?」

 志摩はそう言い、大きく口を開け、上に乗っていたイチゴを食べる。

「そうなんだよ。肇君はお家の子になります」

「ならないよ。すぐ再就職するから」

 そう言い、肇はサンタさんをフォークで、可愛いと突く。

 サンタさんからしたら、巨大なフォークに突かれて気が気じゃないだろう。

 肇には、悪気はない。

「気にした事、今までなかったんだけどさ」

 ケーキを頬張っている志摩がある事を肇に聞いた。

「肇の所の教祖ってどんな人?」

 その瞬間、先程までの自分の笑顔が引きつっていくのが分かる。

 ただでさえ、のめり込むと、他とかどうでもよくなる奴だというのに、少しでもそれを気に入ってしまったら。

『漆、今日から俺、入信するから』

 実に恐ろしい。

「ねぇ、どんな――がっ」

 自分は、彼の顔にアイアンクローをする。

「駄目、そういう話題は……肇君は、カルトやめるんだよ……」

「でも、気になって」

 アイアンクローで目元は隠れているが、彼が無表情の事だけは分かる。

「いいよ。志摩が気になるところだけ、教えるから」

 肇は困ったように笑い、志摩が気になっている部分を簡単に教えた。

 教祖はアルファの男性との事、信者はベータとオメガしかいない事。

 本当は人間すべて、地獄に落ちるが、お祈りと祭事をし、教祖を思う気持ちがあれば、死後、楽園に導かれるというものだった。

「そんなのインチキじゃん。アルファ全員、地獄行きなら、教祖はどうなんだよ」

 志摩はアルファ全員が地獄に落ちる扱いされ、不満そうだ。

(よかった……入信するとか、言い出さないで……)

 そう思いながら、肇の方を見ると、彼の表情が少し曇っているように見えた。

 何かを思っているような、少し憂鬱そうな顔をしている。

(肇君、やっぱり少し悩んでるのかな……)

 今日、明るく振舞っていたが、大変な決断のはずだ。

(それとも自分が、カルト抜けるって話の後、大喜びしたのが駄目だったのかな……)

 そう思いながら、ケーキを食べる。

 複雑な気持ちでも、好物のショートケーキは甘く、とても美味しく感じた。

 ケーキを食べた後、肇が帰り支度をし始めた。

「じゃあ、また今度」

「うん。また今度ね、先生、志摩」

 そう言い、肇は荷物を持ち、上着を羽織る。

 玄関で挨拶を交わし、扉を閉める。

 志摩とリビングに戻り、自分はケーキで使用した来客用の取り皿を洗い始めた時、志摩が声を出した。

「あっ!」

「何、どうしたの?」

 どうせ、くだらない事を思い出したのだろう。そう思いながら、志摩に話しかける。

「どうしたの?どうせくだらない事で――」

「肇、携帯忘れてる」

 志摩はそう言い、テーブルにある彼の携帯電話を手に取った。

「大変だ!」

 志摩から携帯を受け取り、ジャンバーを羽織る。

(まだ、遠くまで行ってないはずだ)

 マンションの階段を急いで下り、マンションの出入り口を抜けようとした時、自分を呼ぶ声がする。

「あっ、先生」

 自分は少し拍子抜けする。

 彼は外を出ず、ここで待っていたようだった。

「携帯届けてくれたんでしょ?ありがとう」

「えっ?あぁ、うん」

 そう言い、彼は手を伸ばし、自分は持ってきた携帯を手渡す。

「肇君、どうしてここに?」

「少し、先生と二人で話したくて、わざと携帯を忘れたの」

 そう言い、ふわりと微笑んだ彼は、とても愛らしい。

「えっ、何の話――」

 そう言いかけると、彼は自分に近づき、背伸びをする。

 唇に柔らかい感触を感じ、そしてリップ音がシンとしたその場に響き渡った。

「ふふ、クリスマスプレゼント、自分はまだもらってないって気が付いちゃって」

先生も忘れていたでしょと、肇は笑う。

「先生、好きだよ。この世界で一番」

 彼は自分に抱き着き、顔をすり寄せる。

 彼の耳は赤く、かなり照れているという事が分かった。

「だから、先生。自分がカルト抜けて、再就職もしたら、僕と正式に付き合ってほしい」

 そうだ、あの時。

 この言葉を口にする覚悟をして、緊張していたから、あの表情だったのか。

(あー、やっぱりこの子の事が好きだ)

 初めて会った時の衝撃も、朗らかに笑った顔も、困ったときの顔も全部、好きだ。

「うん」

 彼の告白に返事をする。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 彼の頭を静かに撫でた。

(絶対、今日の事。忘れない)

 帰りの電車はあまり人はおらず、肇は席に座る事ができた。

(先生とキス、とても良かった……)

 思い出すと、体温が上がり、口角が自然と上がる。

(クリスマスって、とてもいいものなんだな)

 肇、初めてのクリスマスである。

(そういえば、リーダーの兄弟が勤めている孤児院のクリスマスって、どうなったんだろう?)

 その事をクリスマスで思い出し、持っている携帯電話で、インターネットで検索をかける。

(確か、函館の孤児院で働いているって言っていたっけ……)

 検索をかけると真っ先にそこのホームページが出て、写真付きの日記が閲覧できた。

 そこには幸せそうに笑う孤児達と、それを見守っているスタッフの姿がある。

(皆、幸せそう……)

 もし転職するなら、子供の面倒を見る仕事というのも、いいのかもしれないなと、思っていると、ある写真に目を奪われる。

 そこには見た事がある男性の姿があった。

 出会った当時とは違い、眼鏡をかけていて、白髪を誤魔化す為か髪を茶色に染めていたが、すぐに分かった。

 アルファらしい長い手足に、スッと通った鼻筋、切れ長の瞳を更に細め、子供達に微笑んでいる。

 四十代に近いだろうその男性は、とても若々しく、生き生きした表情を子供達に向け、充実している様子。

 自分は息を飲む。

(この人だ――僕の――)

 首の傷がズキリと痛む。

 その時、タイミング良いのか、悪いのか、自分の家の最寄り駅に辿り着き、電車の扉が開いた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました