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 第六章『愛』②

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 恋人と別れる時は、実にあっさりしているものだった。

 緊張しながら、城永に電話すると、彼は凄い勢いで謝ってきた。

 罪悪感はあったが、別れ話をする。

 その理由も話す。

 すると、彼は涙混じり、嗚咽が時々入りながら言葉を出した。

『ごめんね。ずっと辛かったよね――』

 そう言い、彼はその現実を受け入れた。

(君の事は愛おしいままなのにな……)

 そう思いながら電話を切る。

 それで、自分の恋は終わり。

 電話を終え、リビングに入ると、今月初めに設置したコタツに体を突っ込み、志摩が伸びていた。

「おい、何ダラダラしてるんだ」

「コタツ好きぃ。結婚したい」

 志摩がコタツに愛の囁きをした後、自分は彼の頭を軽く蹴る。

「コタツ、片付けるぞ」

 自分がそう言った後、志摩が何かを思い出したように、起き上がる。

「あっ」

 自分は驚き、声を上げるが、彼は知らない様子で自分に驚きの事実を告げる。

「そういえば今日、肇が家に遊びに来てくれるって」

「えっ?肇君が」

 現在、締め切り後で、部屋が色々散かっている。

「何で、早く言ってくれないの?」

 自分は志摩に言うが、志摩はコタツから出るどころか、またその場に寝転がった。

「いいや、ありのままで」

「おい、居候」

 せめて自分が散らかしたものは、自分で片付けてほしい。

(というか、落ちている物、全部志摩の私物なんだよな……)

 志摩の落とし物を拾う。

 バスタオルと、脱ぎ散らかした靴下、シャツ、ズボン、パンツ。

「ん?志摩。今、パンツ履いてる?」

「履いてるけど?」

 話を聞くと、シャワーを浴びる時に、間違えて二つ用意したらしい。

 パンツだけ綺麗で、それ以外は脱いだやつ。

 そもそも信憑性が欠けている為、志摩が言った事があっているのかが分からない。

(とりあえず、全部洗うか……)

 洗面所に移動し、志摩の落とし物を全部、ドラム式の洗濯機に入れる。

 回っている洗濯物を見ながら、肇の事を思い出す。

(久しぶりに会えるの、楽しみだなぁ)

 自然と穏やかな笑みが出て、洗濯機の扉に微かにそれが映る。

(美味しいコーヒー用意しなきゃ――)

 コーヒー豆を挽いて、昨日大家さんから貰った羊羹を出そう。

 ちなみに大家さんは、今年七十歳になるお婆さんである。

『いつもお掃除、手伝ってくれてありがとうね。家賃は下げられないけど、羊羹あげるわ』

 自分が大家の死んだ旦那の若い頃に、とても似ているようで、とても親切にしてくれている。

 羊羹が入った紙袋を受け取ろうとした時、少し大家さんの手に、自分の手が触れる。

『やだ。私ったら、春島君が旦那の若い頃に似ていてドキドキしちゃうわ』

 何気なく触れた年寄りの手は、とてもひんやりしていて、毎回それが心配になる。

(いやぁ、旦那さんの若い頃に似ていて、得しているなぁ……)

 本当によくしてもらっている。

(好物だから、志摩には出さなかったけど、肇君にはあげちゃう)

 きっと彼はとても喜んでくれるはず。

『先生、羊羹おいしいね!』

 天使の声が脳内再生される。

 洗面所から廊下に出る時、タイミングよくインターホンが鳴った。

「はーい」

 肇が来たのだろう。

 自分がルンルンで玄関に向かうと、更にインターホンが鳴る。

(ん?)

 何回も、何回も、その場に鳴り響く。

「怖い!怖い!何、何!?」

 自分が恐怖で立ちすくんでいると、志摩がリビングから出てくる。

「どうした?めっちゃ、インターホン鳴ってるけど」

「いや、自分も分からないけど!」

 気が引けるが、放っておいても解決しないので扉の前に移動し、扉の前の人物を覗き穴で確認する。

 そこにはアオイ少年を抱き上げている城永の姿があった。

 ただ、パニックになっているようで、いつものたくましい姿ではない。

(どうしよう――出るべき?出ないべき?)

 もう彼とは恋人ではない訳で、もう会う事はないと思っていた。

「誰だったんだ?」

 志摩は淡々とした表情で言う。

「いや、その――うわっ」

 志摩は自分を押しのけ、扉の覗き穴を奪う。

「開けていい?」

 彼はそう言い、自分が返事をするより先に扉を開けた。

 開けると、城永は部屋の中に入って来て、焦った様子で扉とそのカギを閉めた。

 どうしたのだろうと城永を見ると、彼の顔や腕は青痣だらけで、誰かに何度も殴られたのだろうと予想がついた。

「ごめんね。他に頼れる人、咄嗟に思いつかなくて――」

 彼はそう言い、アオイ少年をその場に降ろす。

「とりあえず、奥に――」

 そう言うと、彼は無言で頷き、リビングに移動した。

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