恋人と別れる時は、実にあっさりしているものだった。
緊張しながら、城永に電話すると、彼は凄い勢いで謝ってきた。
罪悪感はあったが、別れ話をする。
その理由も話す。
すると、彼は涙混じり、嗚咽が時々入りながら言葉を出した。
『ごめんね。ずっと辛かったよね――』
そう言い、彼はその現実を受け入れた。
(君の事は愛おしいままなのにな……)
そう思いながら電話を切る。
それで、自分の恋は終わり。
電話を終え、リビングに入ると、今月初めに設置したコタツに体を突っ込み、志摩が伸びていた。
「おい、何ダラダラしてるんだ」
「コタツ好きぃ。結婚したい」
志摩がコタツに愛の囁きをした後、自分は彼の頭を軽く蹴る。
「コタツ、片付けるぞ」
自分がそう言った後、志摩が何かを思い出したように、起き上がる。
「あっ」
自分は驚き、声を上げるが、彼は知らない様子で自分に驚きの事実を告げる。
「そういえば今日、肇が家に遊びに来てくれるって」
「えっ?肇君が」
現在、締め切り後で、部屋が色々散かっている。
「何で、早く言ってくれないの?」
自分は志摩に言うが、志摩はコタツから出るどころか、またその場に寝転がった。
「いいや、ありのままで」
「おい、居候」
せめて自分が散らかしたものは、自分で片付けてほしい。
(というか、落ちている物、全部志摩の私物なんだよな……)
志摩の落とし物を拾う。
バスタオルと、脱ぎ散らかした靴下、シャツ、ズボン、パンツ。
「ん?志摩。今、パンツ履いてる?」
「履いてるけど?」
話を聞くと、シャワーを浴びる時に、間違えて二つ用意したらしい。
パンツだけ綺麗で、それ以外は脱いだやつ。
そもそも信憑性が欠けている為、志摩が言った事があっているのかが分からない。
(とりあえず、全部洗うか……)
洗面所に移動し、志摩の落とし物を全部、ドラム式の洗濯機に入れる。
回っている洗濯物を見ながら、肇の事を思い出す。
(久しぶりに会えるの、楽しみだなぁ)
自然と穏やかな笑みが出て、洗濯機の扉に微かにそれが映る。
(美味しいコーヒー用意しなきゃ――)
コーヒー豆を挽いて、昨日大家さんから貰った羊羹を出そう。
ちなみに大家さんは、今年七十歳になるお婆さんである。
『いつもお掃除、手伝ってくれてありがとうね。家賃は下げられないけど、羊羹あげるわ』
自分が大家の死んだ旦那の若い頃に、とても似ているようで、とても親切にしてくれている。
羊羹が入った紙袋を受け取ろうとした時、少し大家さんの手に、自分の手が触れる。
『やだ。私ったら、春島君が旦那の若い頃に似ていてドキドキしちゃうわ』
何気なく触れた年寄りの手は、とてもひんやりしていて、毎回それが心配になる。
(いやぁ、旦那さんの若い頃に似ていて、得しているなぁ……)
本当によくしてもらっている。
(好物だから、志摩には出さなかったけど、肇君にはあげちゃう)
きっと彼はとても喜んでくれるはず。
『先生、羊羹おいしいね!』
天使の声が脳内再生される。
洗面所から廊下に出る時、タイミングよくインターホンが鳴った。
「はーい」
肇が来たのだろう。
自分がルンルンで玄関に向かうと、更にインターホンが鳴る。
(ん?)
何回も、何回も、その場に鳴り響く。
「怖い!怖い!何、何!?」
自分が恐怖で立ちすくんでいると、志摩がリビングから出てくる。
「どうした?めっちゃ、インターホン鳴ってるけど」
「いや、自分も分からないけど!」
気が引けるが、放っておいても解決しないので扉の前に移動し、扉の前の人物を覗き穴で確認する。
そこにはアオイ少年を抱き上げている城永の姿があった。
ただ、パニックになっているようで、いつものたくましい姿ではない。
(どうしよう――出るべき?出ないべき?)
もう彼とは恋人ではない訳で、もう会う事はないと思っていた。
「誰だったんだ?」
志摩は淡々とした表情で言う。
「いや、その――うわっ」
志摩は自分を押しのけ、扉の覗き穴を奪う。
「開けていい?」
彼はそう言い、自分が返事をするより先に扉を開けた。
開けると、城永は部屋の中に入って来て、焦った様子で扉とそのカギを閉めた。
どうしたのだろうと城永を見ると、彼の顔や腕は青痣だらけで、誰かに何度も殴られたのだろうと予想がついた。
「ごめんね。他に頼れる人、咄嗟に思いつかなくて――」
彼はそう言い、アオイ少年をその場に降ろす。
「とりあえず、奥に――」
そう言うと、彼は無言で頷き、リビングに移動した。

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