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 第四章『覚悟』⑨

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 リビングのテーブル前、定位置に座り、軽い食事を二人で取る。

「すごく美味しそうだ」

 志摩は自身の大きな口に青椒肉絲を箸で運んだ。

「うまい」

「デパ地下のやつって何でこんなに美味しいんだろうな」

 怒っていると思っていた志摩は、そんな事が無かったようである。

(よかった。怒ってない)

 志摩はあまり嘘を吐けない性格の為、仮に肇が怒っていたのなら『怒っていた』と正直に言うだろう。

(この様子なら、本当なのだろう)

 自分が安心していると、志摩がそういえばと口にする。

「城永といつ別れるんだ?」

「んー」

 志摩は城永の印象が良くないのが、その一言で分かった。

「何で、そういう事言うんだよ?」

「いや、俺からしたら、何で城永と付き合っているのかも謎なんだけど」

 志摩は自分と中学からの友人だから、小学の自分と城永の関係を知らない。

(七夕の事なんて、口が裂けても言えない)

 高校の時も、その気まずい状態だった為、殆ど会話もした事がない。

 志摩からしたら『何故?』状態である。

「幼馴染みたいなものなんだよ」

「だったら俺だって、幼馴染じゃん」

 志摩は別の皿に乗っている酢豚を箸で取り、口に運ぶ。

「中学生からの友達は幼馴染ではないの」

 そう言うが志摩は、話を聞いておらず、大好物の酢豚に感動している。

(聞いてないし……)

 城永は昔から憧れの人で、性格はきついけど、顔も良い。

 買い物の時だって、とても楽しかった。

(肇君も素敵だけど……)

 いい子で、若くて、純粋さがある。

 城永に無いものを持っているが、それは反対の場合も同じ事が言える。

(これ以上、肇君に迷惑はかけられない……)

『なんか、ご飯食べる時、お祈り忘れちゃったんだってさ』

 先程の志摩の言葉が気になる。

 自分達を傷つけない為に言った嘘ではないのであれば、彼を取り巻く宗教の存在は大きいのではないだろうか。

 食事の時のお祈りしか、目に見える物が出てこなかった為、彼はただの血筋、家系の問題なのだと思い込んでいた。

 昔、宗教勧誘してきた青年を思い出す。

(お互いの為に、関わらないほうがいいのかもな……)

 非常な選択なのかもしれない。

 自分が悩んでいる顔をしていたからだろうか、志摩が少し話を変える。

「中華ってうまいよな。今度エビチリ作ってくれよ」

「面倒だから無理」

 志摩は料理しないから、そういう事が気楽に言える。

 肇の事も、城永の事もだ。

 他人だから、別れろとか、そんな事が言える。

 次の日、自分は冷食のエビチリを志摩の弁当に入れた。

(居候の分際で、贅沢だな……)

 エビチリにも、苛立ちを感じ始めた時、スーツ姿の志摩が部屋から出てくる。

(見た目は、いんだけどなぁ)

 スーツ姿の志摩は、オメガや女性達が騒めくのも分かるくらい、見た目が良い。

 しわが一つもない、スーツやシャツから出ている手足は長く、細い指先は繊細そうだ。

(居候の分際で……)

 彼にそう思いながら、作った弁当を渡す。

「なんだ?」

「何って、弁当だけど。エビチリ、冷食のやつ、中に入れたから」

 出勤支度をする志摩に、エビチリの事を伝えると、彼は嬉しそうな顔をし、大事に抱えて家を出ていった。

(ガキだなぁ、弁当くらいで)

 そう思いながら、リビングに戻り、先日デパートで買ったコーヒー豆を挽く。

 コーヒー豆の良い香りが周囲に広がり、自分の眠気が覚めるのだった。

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