リビングのテーブル前、定位置に座り、軽い食事を二人で取る。
「すごく美味しそうだ」
志摩は自身の大きな口に青椒肉絲を箸で運んだ。
「うまい」
「デパ地下のやつって何でこんなに美味しいんだろうな」
怒っていると思っていた志摩は、そんな事が無かったようである。
(よかった。怒ってない)
志摩はあまり嘘を吐けない性格の為、仮に肇が怒っていたのなら『怒っていた』と正直に言うだろう。
(この様子なら、本当なのだろう)
自分が安心していると、志摩がそういえばと口にする。
「城永といつ別れるんだ?」
「んー」
志摩は城永の印象が良くないのが、その一言で分かった。
「何で、そういう事言うんだよ?」
「いや、俺からしたら、何で城永と付き合っているのかも謎なんだけど」
志摩は自分と中学からの友人だから、小学の自分と城永の関係を知らない。
(七夕の事なんて、口が裂けても言えない)
高校の時も、その気まずい状態だった為、殆ど会話もした事がない。
志摩からしたら『何故?』状態である。
「幼馴染みたいなものなんだよ」
「だったら俺だって、幼馴染じゃん」
志摩は別の皿に乗っている酢豚を箸で取り、口に運ぶ。
「中学生からの友達は幼馴染ではないの」
そう言うが志摩は、話を聞いておらず、大好物の酢豚に感動している。
(聞いてないし……)
城永は昔から憧れの人で、性格はきついけど、顔も良い。
買い物の時だって、とても楽しかった。
(肇君も素敵だけど……)
いい子で、若くて、純粋さがある。
城永に無いものを持っているが、それは反対の場合も同じ事が言える。
(これ以上、肇君に迷惑はかけられない……)
『なんか、ご飯食べる時、お祈り忘れちゃったんだってさ』
先程の志摩の言葉が気になる。
自分達を傷つけない為に言った嘘ではないのであれば、彼を取り巻く宗教の存在は大きいのではないだろうか。
食事の時のお祈りしか、目に見える物が出てこなかった為、彼はただの血筋、家系の問題なのだと思い込んでいた。
昔、宗教勧誘してきた青年を思い出す。
(お互いの為に、関わらないほうがいいのかもな……)
非常な選択なのかもしれない。
自分が悩んでいる顔をしていたからだろうか、志摩が少し話を変える。
「中華ってうまいよな。今度エビチリ作ってくれよ」
「面倒だから無理」
志摩は料理しないから、そういう事が気楽に言える。
肇の事も、城永の事もだ。
他人だから、別れろとか、そんな事が言える。
次の日、自分は冷食のエビチリを志摩の弁当に入れた。
(居候の分際で、贅沢だな……)
エビチリにも、苛立ちを感じ始めた時、スーツ姿の志摩が部屋から出てくる。
(見た目は、いんだけどなぁ)
スーツ姿の志摩は、オメガや女性達が騒めくのも分かるくらい、見た目が良い。
しわが一つもない、スーツやシャツから出ている手足は長く、細い指先は繊細そうだ。
(居候の分際で……)
彼にそう思いながら、作った弁当を渡す。
「なんだ?」
「何って、弁当だけど。エビチリ、冷食のやつ、中に入れたから」
出勤支度をする志摩に、エビチリの事を伝えると、彼は嬉しそうな顔をし、大事に抱えて家を出ていった。
(ガキだなぁ、弁当くらいで)
そう思いながら、リビングに戻り、先日デパートで買ったコーヒー豆を挽く。
コーヒー豆の良い香りが周囲に広がり、自分の眠気が覚めるのだった。
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